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チャンスか、敬遠すべきことか

 「住居を自由に移動するというのも、アメリカ的な豊かさを得るためには必要なことである。解雇された労働者にとって、次の仕事は家族や友人から遠く離れたところかもしれない。新しい仕事のため、それはもしかしたらカリフォルニアかもしれないが、引っ越さなければならないというのは、アメリカ人にとってはいいチャンスだと映るが、家族や友人のそばで一生を過ごすことが当たり前の社会では敬遠されがちなことである。」
 「グローバリゼーションに対する恐怖が強まるのは、他国の多くの人々がアメリカ流の高い生活水準と技術のリーダーシップを手に入れたいのにもかかわらず、それを得るためにアメリカ人と同じことをしたくないからである」ということの説明の1つに上記のことがあげられている。
 サローは、「高校のあった街から2500マイルも離れた街に住んでいるため」、高校生時代からの親友は「一人もいない」とも書いている。

レスター・C・サロー『知識資本主義』(三上義一訳、ダイヤモンド社、2004年)137-139ページ。
原題は、「Fortune Favors the Bold」

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経済的インセンティブが社会的インセンティブや道徳的インセンティブを損なってしまうこと

 保育園では「子供を午後4時までに迎えにこなければならない」という決まりがあったが、遅れてくる親がいて困っていた。経済学者の提案で、「迎えにくるのが10分以上遅れたばあい、その親には毎回子供1人につき3ドル」という罰金制度を導入した。罰金制度の導入の結果は、予想通りにはならなかった。「インセンティブ」は裏目に出て、週あたりの遅刻がもとの倍以上になった。なぜこういうことになったのだろうか。

 上記のことに関心を持った人は、『ヤバい経済学』(スティーヴン・D・レヴィト、スティーヴン・J・ダブナー著、望月衛訳、東洋経済新報社、2006年)を読んでみてください。私は、夢中になって読んでしまい、降りる駅を過ぎてしまうところでした。身の回りに起こっていることと結びつけて考えていました。保育園の例では、「道徳的インセンティブ(遅れた親が感じる罪の意識)を経済的インセンティブ(罰金3ドル)に置き換えてしまった」ことが、罰金の額が少なすぎることとともに問題なのだという説明がなされています。経済的インセンティブが社会的インセンティブや道徳的インセンティブを損なってしまうことがあることと、報奨金や罰金の形での経済的インセンティブ(あるいはディスインセンティブ)が弱くしか働かないならば道徳的インセンティブが損なわれないということにはならないことに気づかされました。

Freakonomics: A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything by Steven D. Levitt and Stephen J. Dubner

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