Society

住宅投資あるいは住宅ローン

「経済における住宅そして住宅ローンの位置付けが、日米両国で大きく違う」という(朝日新聞2008年4月3日朝刊のコラム「経済気象台」)。コラムの筆者は、昨年末の日本の住宅ローン残高について、経済規模を考慮しても、米国と比べては2分の1以下の残高水準となっている――「日本に比べ米国は2倍以上」――と分析している。「公共投資から住宅投資へ」という主張は理解できるが、経済成長を可能にするためには住宅ローン残高が拡大することが望ましいという論理にはすこし納得できない。コラムの筆者も「もちろん、米国のような行き過ぎは避けなければならないが」と最後に付け加えているが、そもそも住宅ローンを組むということ自体は、個人にとってはどれだけ幸運なことだろうか。

経済気象台 ←これはインターネット版へのリンク


|

純粋理論あるいはエレガントさこだわらることの不毛

「なぜ金持ちは死ぬ前に全財産を使い果たさないのか、あるいはもっと単純に、なぜ若者は老人に手をさしのべるのか、あるいはそうでないか。経済学者たちを非常にまごつかせるこうした問題のいくつかは、純粋理論の希薄化した空気から離れるや否や、解決の糸口が見つかるかもしれない。」
 ブルデュー(山田鋭夫・渡辺純子訳)『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、2006年)の27頁より引用

|

「夜の酔っぱらい」あるいは方法論への執着

「この酔っぱらいは、自分の家の鍵をなくして、電灯の下がいちばん明るいという理由でそこばかり探しているのである。」

ヴァカンが、カプラン(Abraham Kaplan)が引き合いだしている例として紹介している。酔っぱらいの行動は、「方法論至上主義」を指している。この酔っぱらいは私のことかもしれない。

出典:
ピエール・ブルデュー、ロイック・J・D・ヴァカン(水島和則訳)『リフレクシヴ・ソシオロジーへの招待:ブルデュー、社会学を語る』(藤原書店、2007年)52ページ。

|

「外発的報酬は内発的動機づけを減退させる」とするならば、……

 読み始めた本の中にあった気になる言葉。「自分のすることに対する人間の興味は、報酬を与えられると一般に減退する。」という文がその後に続いている。
アルフィ・コーン(田中英史訳)『報酬主義をこえて』(叢書・ウニベルシタス704、法政大学出版局、2001年)104ページ。原題は、「Punished by Rewards: The Trouble with Gold Stars, Incentive Plans, A's, Praise, and Other Bribes」。

 古いジョークがあるという。「学校帰りに家の前を通りかかる悪童どもに毎日悪態をつかれていた老人」の話である(同書、105~106ページ)。子供たちは、悪態をつくことに報酬(最初は1ドル)を老人から受け取ったことから、それが金のためだと考えるようになり、報酬をわずか(1セント)しかもらえなくなったときには、悪態をつくことに興味を失ってしまいいなくなったということである。この話もよくわかる気がする。「サラリーマン」にとっては気になる話だ。

[追記]
アルフィー・コーン(Alfie Cohn)のウェブページがあった。
http://www.alfiekohn.org/index.html

|

チャンスか、敬遠すべきことか

 「住居を自由に移動するというのも、アメリカ的な豊かさを得るためには必要なことである。解雇された労働者にとって、次の仕事は家族や友人から遠く離れたところかもしれない。新しい仕事のため、それはもしかしたらカリフォルニアかもしれないが、引っ越さなければならないというのは、アメリカ人にとってはいいチャンスだと映るが、家族や友人のそばで一生を過ごすことが当たり前の社会では敬遠されがちなことである。」
 「グローバリゼーションに対する恐怖が強まるのは、他国の多くの人々がアメリカ流の高い生活水準と技術のリーダーシップを手に入れたいのにもかかわらず、それを得るためにアメリカ人と同じことをしたくないからである」ということの説明の1つに上記のことがあげられている。
 サローは、「高校のあった街から2500マイルも離れた街に住んでいるため」、高校生時代からの親友は「一人もいない」とも書いている。

レスター・C・サロー『知識資本主義』(三上義一訳、ダイヤモンド社、2004年)137-139ページ。
原題は、「Fortune Favors the Bold」

|

経済的インセンティブが社会的インセンティブや道徳的インセンティブを損なってしまうこと

 保育園では「子供を午後4時までに迎えにこなければならない」という決まりがあったが、遅れてくる親がいて困っていた。経済学者の提案で、「迎えにくるのが10分以上遅れたばあい、その親には毎回子供1人につき3ドル」という罰金制度を導入した。罰金制度の導入の結果は、予想通りにはならなかった。「インセンティブ」は裏目に出て、週あたりの遅刻がもとの倍以上になった。なぜこういうことになったのだろうか。

 上記のことに関心を持った人は、『ヤバい経済学』(スティーヴン・D・レヴィト、スティーヴン・J・ダブナー著、望月衛訳、東洋経済新報社、2006年)を読んでみてください。私は、夢中になって読んでしまい、降りる駅を過ぎてしまうところでした。身の回りに起こっていることと結びつけて考えていました。保育園の例では、「道徳的インセンティブ(遅れた親が感じる罪の意識)を経済的インセンティブ(罰金3ドル)に置き換えてしまった」ことが、罰金の額が少なすぎることとともに問題なのだという説明がなされています。経済的インセンティブが社会的インセンティブや道徳的インセンティブを損なってしまうことがあることと、報奨金や罰金の形での経済的インセンティブ(あるいはディスインセンティブ)が弱くしか働かないならば道徳的インセンティブが損なわれないということにはならないことに気づかされました。

Freakonomics: A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything by Steven D. Levitt and Stephen J. Dubner

|

フレキシビリティ(flexibility)という言葉には、本来は、樹木のような抗張力(tensile strength)という意味が含まれている。

"Are there any limits to how much people are forced to bend? Can government give people something like the tensile strength of a tree, so that individuals do not break under the force of change?"
Richard Sennett, The Corrosion of Character: The Personal Consequences of Work in the New Capitalism(New York: W. W. Norton & Company, 1998), pp. 52-53.

ロナルド・ドーア氏の本で、巻末の注のところにリチャード・セネットという名前があった。Amazon.comで本を取り寄せた。読んでいて、引用したくなる部分に出会った。

「際限なく人々は折り曲げられてしまうのだろうか。政府の力によって人々が樹木のような抗張力を与えられ、変化のもたらす強い影響力の下で一人一人が崩れてしまわないようにすることができるだろうか。」

労働市場の柔軟性(あるいは流動性)等は、セネットの言うように「人格の腐食」――この表現には私は少し違和感を感じる――につながるか? 腐食した人格とは一体どんなものなのだろうか? それは私たちのことだろうか?

|

ロナルド・ドーア氏の講演

 最近、ロナルド・ドーア著(石塚雅彦訳)『働くということ:グローバル化と労働の新しい意味』(中公新書、2005年)を、いくつかの箇所で行間に線を引きながら読んだ。第5章「市場のグローバル化と資本主義の多様性」の最後に近いところで、日本においては「資本提供者と労働者間の分配のバランスは、慣習の惰性によって維持されて」きたが、それは、「経営者階級の価値観と責任意識の継続に依存し」ているものであり、「そういうこれまでの協調的価値や責任感」が、「グローバル・エリート」の増加によって揺らぎ始めている、と述べている。

 調べてみると、2005年4月28日に以下のような講演も行われていた。

JILPT国際フォーラム「市場個人主義の時代」
-ロナルド・ドーア氏(ロンドン大学名誉フェロー)講演-
(講演録)
http://www.jil.go.jp/event/ko_forum/kouenroku/20050428_2.htm

「仕事の価値イコール価格という一連の思想を、私は市場個人主義と言ってもいいんじゃないかと思います。」(上記講演録からの引用)

「英語でよく言いますけれども、「Economists are people who know the price of everything but the value of nothing」。プライスとバリューは別なものであるという一般人の常識によることわざですが、学者に言わせれば、それは当たり前。同じものであるという考え方がますます浸透してきて、一般市民の何が公平であるかの常識に影響を与えてきているのではないかと思います。」(同上。上記引用よりも少し前の部分。)

 ドーア氏の本を読んでみようかと思う人には、YOMIURI ONLINE(読売新聞)の下記の解説(書評)が参考になる。
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20050523bk05.htm

 

|

少子化の主因が20歳代で増えた「非正規雇用」にあるという分析

雇用改善で少子化対策を…労働経済白書「格差」に警鐘(読売新聞)
http://newsflash.nifty.com/news/tp/tp__yomiuri_20060716i103.htm

「厚生労働省の2006年版「労働経済の分析」(労働経済白書)の原案が15日、明らかになった。少子化の主因を20歳代を中心に非正規雇用が増え、収入格差が広がったことで若者の結婚が大幅に減った点にあると分析し、若年層の雇用対策の重要性を強調した。」

「白書によれば、2002年の15~34歳の男性に配偶者がいる割合は、「正規従業員」が約40%だったのに対し、「非正規従業員」や「パート・アルバイト」は10%前後にとどまった。」

 非正規雇用が結婚の障害となるという関係と、有配偶者は非正規雇用に就くことを避けるという関係の両方があるのではないか。また、男女の差もあるのではないか。詳しい報告書が出たら読んでみようと思う。

|

ラルフ・ダーレンドルフ、或いは世界の複雑さに耐えること

"Live with complexity. Don't try to simplify the world into one in which you live in a homogeneous ethnic environment and with very simple beliefs and convictions, because that is a world of war and destruction."

"The world isn't simple, nor should it be simple. It's rich because it's complicated. Let us somehow manage to live with that."

 Conversation with Sir Ralf Dahrendorf(Conversations with History; Institute of International Studies, UC Berkeley)

|

書き込みをしなかったことのいいわけ

 12月から2月までこのBLOGに何も書き込むことができなかった。理由は、いろいろとショックなことがあったり、仕事が忙しくて余裕がなかったからである。
 ショックだったことの1つは、大学の職場環境が来年度から根本的に変わりそうなことである。いかなる厳しい状況――大学の「淘汰」が起こることなど――であれ、社員全員を5年間の任期付き雇用にしようとする民間会社はどこにあるだろうか。大学という職場を制度上普通の民間会社よりもリスキーなものと、自分より若い世代がとらえざるを得なくなることが心配である。彼らが帰属意識や忠誠心を失うかどうかは予測が付かないが、それらを高めてきた「日本的システム」(定年までの長期雇用など)をすべて捨ててしまう方向にもしも向かうとしたら、「労働者はコストではなく資産である」と主張した、最近95歳で亡くなった経営学者P.F.ドラッカーの言うように誤りであり、厳しい状況に組織が全員の士気を高めて対処するためにはかえってマイナスではないだろうか。
 また、手がしびれたり、肩が痛いので整形外科に行ったら首の骨が変形しているといわれたこともショックであった。今でも、疲れると肩や首は痛くなる。しびれることの方はあまり意識しない程度になっている。普通の老化現象の一種だと勝手に解釈して自分を納得させている。
 仕事の方がどのように忙しかったかは、詳しく書かないことにする――もっと忙しい人はたくさんいるだろうから。学生と取り組んだ社会調査実習の報告書を3月17日に完成させることができてほっとしている。教育効果を高めるために導入した「ティーム・ティーチング」の初めての経験であった。報告書の巻末の「集計結果表」などを作成するために久しぶりに統計パッケージSPSSのオプション「TABLES」を使った。この2週間ほど、SPSS、LaTeX、ワード・ビューワー、一太郎、Acrobatなどのソフトウェアのお世話になった。

|

「立ち上げる」か「立て上げる」か

 言葉の質問箱(大橋一人氏)を読むと、最近よく耳にする「プロジェクトを立ち上げる」というような表現はおかしいことがわかる。格好いい言葉だと思いながらも、なんとなく違和感を感じていただけであった。自分で使ったことはなかったように思う。「立て上げる」ならばおかしくないが、こういう言い方は聞いたことがない。
 東京新聞校閲部の沢田氏の「ことば 立ち上げる」も参考になる。「コンピューター関係の造語」であると説明されている。どうやらコンピュータ用語が我々の頭にインストールされてしまったようだ。変な日本語は記憶装置から削除して再起動しないといけない。

|

「さらなる誤用」を防ぐことはできるか

「さらなる」を追放しよう(野口悠紀雄氏)
 「『さらに』という言葉は副詞であり、これを『さらなる』と活用することはできない」という理由で「さらなる発展のために」というような言い方は日本語の誤用であると指摘している。
 私が愛用している一太郎の少し前のバージョン(一太郎13)の広告に「さらなる日本語力を追求!最新のATOK16搭載」という表現が使われていた――グーグルで「さらなる」と「誤用」で「and検索」をしたら出てきた。少しがっかりした。ATOK17で「さらなる発展を」と入力したが何の警告も出なかった。

|

すこやかなのは個人か社会か

 どういう社会であれば健やかなのだろうか。「すこやかな社会」という表現がある。ひとりひとりが健康な社会ということだろうか。たぶんそうであろう。しかし、社会のあり方が健やかという発想は含まれていないのだろうか、含まれているのだろうか。
 「”すこやかひょうご”障害者福祉プラン」では、個人の健康のことではなく、社会のあり方を「すこやか」という言葉が意味しているように思う。また、高知新聞の記者は、「人々が心豊かに生活できる『すこやかな社会』」(―21世紀企画― すこやか高知21 68万人社会に挑む)という表現を使っている。この場合は、「人々が心豊かに生活できる」ということの言い換えなのだろう。
 私の場合は、「すこやかな社会」という言葉から連想するのは、「社会問題の存在しない社会」というようなことである――これをデュルケムやマートンの文章を読んだ人は実現不可能な理想であると考える。もちろん、病人の存在しない社会というのもありえないことだろう。
 最後に付け加えると、「すこやか社会」という「な抜き言葉」も使われるようである。「すこやか福祉」(香川すこやか福祉白書)という言葉もあるようだから、一般化しつつあるのだろう。

|

倉庫型の巨大スーパー

92690028

福岡県久山町にある会員制の倉庫(warehouse)型のスーパーに出かけた。初めての人は、カートの大きさにまず驚く。

|

よく見ると屋上から何かが

09080001.jpg
台風18号の通過した次の日(1号館北側)。

台風災害の例(気象庁)←大きな被害のあった平成3年(1991年)の台風第19号のことが触れられている。その台風と同じコースを今回の台風が通っていると報道されていた。

 平成3年のことをインターネットで検索してみて思い出した。この年が地価が最も高かったときであり、住宅金融公庫の貸付利子が法定の最高であったときであり、また、バブルのはじけたときであったこと。土地を購入し家を建てるのが次の年であれば……。

 今回の台風18号について、住宅金融公庫のホームページにお知らせが載っている。融資を受ける場合に必ず加入する「住宅金融公庫特約火災保険」は、台風による被害なども一定の条件でカバーしていることがわかる。

|

商店街(8月1日、日曜日午後5時)

P8010036 P8010037 P8010038 P8010039 P8010040

中心市街地・商店街活性化のための総合的対策に関する要望(日本商工会議所)
中心市街地活性化推進室HP
大規模小売店舗立地法関係資料集(経済産業省商務情報政策局流通産業課)

|

最近私費で購入した本2冊

ジョン・ハニー著(高橋作太郎・野村恵造訳)『言葉にこだわるイギリス社会岩波書店、2003年 原書はここを見よ
関連リンク
Estuary English(UCL P&L)
The establishment of the English RP accent : a flawed interpretation?(John Honey)
English as it is spoke(Guardian Unlimited)

高橋伸夫『虚妄の成果主義――日本型年功制復活のススメ日経BP社、2004年
関連リンク
GENDAI NET
BOOKアサヒコム
「脳と心」が成果主義を拒絶する理由(清野由美)
成果主義によって職場の士気低下、うつにも(nikkeibp.jpアンケートから)

|

そうだんべぇ

Aag00018
日本で最初の富岡製糸(富岡市観光協会)←「日本で最初の富岡製糸」は、「上毛かるた」の中に出てくる言葉。建物は、木の柱と赤いレンガでつくられている。
旧官営富岡製糸場(富岡小学校のWebページ)
旧富岡製糸場 : 近代化遺産 ろまん紀行(YOMIURI ON-LINE)

上信電鉄←群馬県の高崎と下仁田を結ぶローカル線。
上信電鉄で行くローカル線の旅(上信電鉄)
群馬県内の主な技術遺産――近代化遺産(技術科@スクール)
医療人のための群馬弁講座(鈴木英樹氏)

群馬おらほ~リンク
群馬に関係する総合リンク集。「おらほー」とは、群馬弁で「私(達)の所、方」という意味。

|

その他のカテゴリー

Information Technology | Photography | Society | Travel