プライド・アイデンティティ・ブランド・シンボル・スピリット
もともとは行政上の区分にすぎない門司区や北九州市というものに、人間のように「プライド」や「アイデンティティ」が必要なのだろうか。生活が門司区あるいは北九州市の内部で完結しているならば、そのようなものが生まれやすいかもしれないが、そうではないとしたら、また、地域的流動性の高い現代においては、たまたま生活している特定の地域に対して愛着や郷土愛のようなものを持つことを人々に強制することではないか。
門司区や北九州市が商品であれば「ブランド」としてとらえることはありうるだろうが、「稼げるまち」を目指す「都市ブランド創造局」と同じような発想であるなら受け入れがたい。こういう表現が使われると、製造に要する費用があまりかかっていない安物を商品に関する知識に乏しい消費者に高く売りつける方法を工夫することのように見えてしまう。
遺跡の価値というものは、何なのだろうか。考古学や歴史学の門外漢としての意見であるが、遺跡として残っている「土木技術」を評価する場合でも、 テクノロジーがその時代のすべての事象のあり方を左右していくという決定論に陥ってしまうこともあるのではないだろうか ——さらに技術論的「ヒストリシズム」(カール・ポパー)の落とし穴も。
初代門司駅遺構が北九州市の「シンボル」となるかどうかはわからない。もっと古いものがよいかもしれないし、もっと新しいものがよいかもしれない。もちろん、北九州の若者文化として武内市長が宣伝する、ある貸衣装業者のド派手衣装以外のものが選ばれるべきだとは思う。多くの市民が市長の行動を不愉快に思っているはず——北九州市民としての立場から。
「北九州市のスピリット」というのは何のことかわからない。コミュニティ・スピリットというものが想定されているのだろうか。門司気質とか小倉気質とか、さらには「九州男児」というようなものが、個人間の多様性を気付かせないほどに存在するのだろうか。初代門司港駅遺構のことに門司港や門司区以外の市民が関心を持っているのだから、ローカルなスピリットではなく、もう少し普遍的な態度と結びつけて文化財の保存をとらえるべきではないだろうか。
歴史の記憶を呼び戻す手がかりとして古いものをできるだけ形を変えないで残していくことは大事なことだと思う。 このことは間違いない。たまたま門司区や北九州市でいま生活していて市議選などの有権者である市民には、このことについて果たすべき役割があると思う。 「門司はスゴイ」( = 門司だけがすごい)と感じたり「門司に住んでいる私たちはすごい」と誇ることはナンセンスだが、 門司区や北九州市に住んでいる市民が、歴史的に貴重な埋蔵文化財を守ることができれば、 そのことへの貢献ができたという意味でプライドを持つことは許されるであろう。