Society

June 04, 2024

物騒なものが投棄されていた紫川

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2日前の日曜日のことだが、自転車に乗って外出し桜橋から高津尾まで紫川にそって行ってみた。桜橋から約400メートル上流方向の「ロケットランチャーとみられるものや拳銃とみられるものが複数見つか」(NHKニュース、2024年5月31日)った場所の写真を撮ってみた。私が空き地の方を見ているときに散歩をしている夫婦とすれ違った。交わした言葉は「こんにちは」だけであったが、2人の表情は笑顔と表現するしかないものであった。そこを私が見ている理由を把握できている、という意味合いであったように思う。

遠くから車でやってきて捨てたのだろうと予想する。こんな物騒なものを今までどこで保管していたのだろうか? 捨てられていた場所は、紫川の河川敷というよりも、西岸の散歩道よりも西の、住宅地に近い空き地。物騒なものを投棄するときに、目撃者と出会う可能性を予想しなかったのだろうか?
「怖い」朝夕は犬の散歩コース 北九州でロケットランチャー?発見:朝日新聞デジタル

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May 30, 2024

「市民向け事業説明会」(於 門司生涯学習センター)、2024年5月29日

ダウンロード - 説明会で使用されたslidoのページ ← 5月30日6時20分にアクセスし保存したもの。

slidoというウェブサイトは新ビジョンの説明会(ミライトーク)で利用されたことがあり、実施後すぐに閉鎖される可能性が高いので、ページを印刷する形式でPDFに保存した。(最後のページに「すべて表示」があり、これをクリックしなかったので、全部を保存することができなかった可能性がある。)

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May 17, 2024

まちづくり協議会の活動財源のイメージ図

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https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000933420.pdf ←リンク切れ
Wayback Machineに保存されているもの
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令和5年度志井校区まちづくり協議会決算の表では、会の収入が主に「地域総括補助金」と「町内会費」から構成されているように説明されている。校区自治連合会、校区内の単位自治会との関係が不明確のまま記述されているように見える。 前掲の「まちづくり協議会の活動財源のイメージ図」(北九州市)によれば、「市の支出金」と「地域独自の財源」とがあり、後者に「構成団体からの拠出金」、「バザー等の事業収入」「寄付金・協賛金等」とが含まれている。「構成団体からの拠出金」に該当するものが「町内会費」と記述されているとしたら誤りではないか?

言うまでもなく、町内会費は、単位町内会が加入世帯から会費として集めているものである。それは、町内会の収入ではあるが、それが自動的に「志井校区まちづくり協議会」の「町内会費」として、収入の項目を構成することはありえない。単位町内会が校区の「上部団体」に加入して「上納金」の拠出を行うかどうかは任意である。もちろん、単位町内会自体が任意団体であることも認識されなければならない。

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May 16, 2024

志井校区3団体の決算報告(令和5年度分)についての疑問

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令和5年度志井校区まちづくり協議会決算の表はこれまで見たものと様子が変わっている。単位町内会からの拠出金(世帯当たり600円)がこの団体の収入になっていることは、どういうことだろうか。しかも、「町内会費」という項目になっている。単位町内会は志井校区まちづくり協議会に会費(町内会費)を納めているわけではない。単位町内会は、校区分担金として、校区社会福祉協議会と校区自治連合会に世帯当たり合計800円(後者に200円)を拠出しているはずである。役員手当の支給がなく補助金配付の官製組織という性格の強い「まちづくり協議会」に拠出しているわけではない。また、前年度繰越金の備考欄に会長通帳、緒方通帳、うるおい池通帳という区別が出てくるのはなぜか。それぞれどういう性格のものなのだろうか。この繰越金はどこからやってきたものなのだろうか。これまで私が見たことのある決算報告では、まちづくり協議会は、収入の全てを地域団体に配付する形で、「繰越金」などというものは、まったくなかったはずである。

令和3年度の資料では、「市政連絡事務」は、随意契約によって「地元自治体」に委託されている。小倉南区だけで約6千万円の予算が、1世帯当たり1,115円として組まれている。 単位町内会に配付されるのは、1世帯当たり870円で、残りの1世帯当たり245円が校区自治連合会に配付される。 町内会加入世帯数2千人の校区であれば、町内会がいくつあるかとは関係なく49万円が校区自治連合会に配付される。

校区自治連合会が受け取っている委託料が、依然として決算報告に登場しない。

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志井校区まちづくり協議会が発行する「しい校区だより」(令和6年5月、No. 2)を受け取った。|Yutaka MOTEKI #note

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July 31, 2023

関門海峡メガジップラインとか、ドローンタクシーとか

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関門海峡 光の架け橋メガトリップエリア構築事業実施にあたっての実現可能性調査 検討結果
(国土交通省中国運輸局)

こういうのを「ミライ」というのだろうか。海峡の景観がアミューズメントパーク化されてしまう気がする。ジップラインとかは、長期的に利用される設備とは思えない。ニュースでは「アトラクション」という表現が使われている。観光客を引きつけるためのアトラクションばかり考えている都市にまともな未来はない。

山や森など自然のなかに架けられたワイヤーロープにベルトとハーネスを装着してぶら下がり、プーリーと呼ばれる滑車を使って滑り降りるアウトドアアクティビティ
(https://activityjapan.com/feature/zipline_howto/)
料金は1回2万8000円程度
(NHK 山口 NEWS WEB 2023年07月25日)
構想によると、メガジップラインは下関市の火の山公園のスタート地点からゴールとなる北九州市門司区の和布刈公園までをつなぐもので全長は1・74キロ。時速は110キロで滑走時間は90秒。料金は1人2万8000円の計画で、主に海外からの富裕層をターゲットにしている[太字は引用者]。ジップラインの設計や施工費用は15億円を試算しており、2025年春の開業を目指す。実現すれば国内最大となるという。
(関門海峡上空を一気に滑走 メガジップライン構想 実現目指し初会合 -- 毎日新聞2023年7月26日)

移動遊園地の遊具のようなものは、補助金を出すべき事業といえるだろうか。ジップラインは、それを作るだけで10数億円かかるということだ。「F/S」と書いてあるのはfeasibility studyのことだろうか。空飛ぶクルマ(あるいは、ドローンタクシー)等の実現可能性を調査するために合計8千万円以上。当てにされているのが観光庁補助金と地方創生交付金など。おそらく、事業に赤字が生じれば自治体が税金等からそれを補填することになるのであろう。

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上の図に事業者として株式会社KMアドベンチャーという会社が出てくるが、グーグル・マップで調べると、法人登記されている場所(山口県下関市長府松小田本町)にはそれらしきものはない。ジップラインの設計・施工を行うのはこれとは別の事業者なのだろうか。

関門 DMO」というの は、「関門地域で観光業に携わる事業者、行政、教育機関を中心と した会員組織『関門観光企画営業担当者会議』を母体として形成した観光地域づくり法人」ということである。この団体とジップラインを計画している事業者との関係はどういうものなのだろうか。図によって、全く関係がないということを説明しているのだろうか。

また、事業連携の矢印を使って、「観光事業者等」と「関門DMO等」との間に、「行政」だけでなく「大学」を巻き込んでいるのは、なぜか。「学生ボランティア」にワイヤーケーブルなどの保守をさせるつもりではないことは予想できるが、観光事業の連携ということだから、教員や学生による観光案内ボランティアとかは考えられていそうな気がする。

「東武Top」と書かれているのは、東武トップツアーズ株式会社のことだろうか。もしかしたら、この会社あたりがコンサルティング会社として、総括的に全事業の構想をまとめ上げているのかもしれない。

観光産業は、関門2市にとってどの程度の比重を占めているのだろうか。後で調べてみようと思う。パンデミックの時代には、観光産業はその影響を受けやすいことは想像できる。観光客が市外から大挙してやってくることを前提とした地域づくりというのは問題がある。また、カジノ誘致を狙った人々が一枚かんでいるかどうかが気がかりである。「この街の未来のために」とか言ってカジノを北九州市に誘致しようとした人たちがいたことを忘れられない。

 観光業は、旅行業、交通産業、宿泊業、飲食産業、アミューズメント産業、土産品産業、旅行関連産業等幅広い分野を包含した産業であり、我が国経済に与えている影響は非常に大きい。また、地域レベルで見ても、観光業は、地域外との対流・交流を生むとともに、地域外から利益を得て地域経済を支える産業として重要である。このため、観光業についても、我が国及び地域にとっての存続基盤であると言える。
(国土交通白書 2021)

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July 24, 2023

「データ共同利用権」と「スマート・シティ」

デジタル庁発足に際して「データ共同利用権」という概念が宮田裕章氏によって提起されたようだ。宮田氏は、北九州市(武内和久市長)が任命した10人のアドバイザーの1人である。


(宮田裕章氏のnoteより)

これに対する批判記事が以下のもので、鈴木正朝氏の意見が紹介されている。「本人同意を得ずに医療データを活用する取り組み」が「21世紀の基本的人権」として取りあげられていることに疑問を投げかけている。

気になるのは、「基本的人権」という言葉だ。これは日本国憲法が定める基本的人権の書き換えを迫っているようにも読み取れる。人権とは決して奪えない個人の権利を指す言葉だ。

しかし、提案内容は公益のためのデータ利用を推進しようというもので、むしろ個人の権利であるプライバシーを一部制約しようとしているように見える。このような議論のために「人権」という言葉を持ち出したことは不適切だったのではないか。
「昨今まれに見る最悪の意見」──デジタル庁の議論「データ共同利用権」に専門家が異議 “プライバシーフリーク”鈴木教授に論点を聞く

ところで、最初の宮田裕章氏は、次の文の中で「社会的距離」という表現を用いているが、「物理的距離を取る」と言う方が適切であろう。 「we keep a distance of at least 1m from each other and avoid spending time in crowded places or in groups」のことだろうから。宮田氏の「最大多様」というような概念と伝統的な「社会的距離」の概念とは親和性がなく誤解を招きやすい。

一方で、私を含む現場以外の立場では何ができるのか?それはやはり社会的距離をとり、今はできるかぎり家にいることです。感染経路が見えない間は、様々な行動制限の中で感染を押さえ込むしかないのです。
今、「医療崩壊」以外のことも考えなければならない理由 — 宮田裕章氏のnote

正直に言って、下のような宮田氏作成の図でまともな議論ができるとは思えない。岸田文雄氏の「新しい資本主義」と同様に、選挙ポスターによくある大言壮語のキャッチフレーズのようだ。例えば、「生活者発想」というのは、「統治者発想」と具体的にどのように違うのか。「生活者」というのは「被統治者」の言い換えに過ぎないのではないか。「データ共有発想」は、「独占資本」が「スマート・シティ」()での利益最大化のために求めているものなのではないか。こんなものを出発点として「日本国憲法」をいじろうとしているのならば呆れてしまう。


(最大「多様」の最大幸福 The Greatest happiness of The Greatest “Diversity” — 宮田裕章氏のnote)






[注]

『スマート・イナフ・シティ』(ベン・グリーン著、中村健太郎・酒井康史訳、人文書院発行、2022年)という本がある。Putting Technology in Its Place to Reclaim Our Urban Futureというのが副題。「スマート・シティ」とか「DXと地方創生」、「自治体DX」というキャッチフレーズで語られる内容に違和感を持っている人は、その違和感が正しいことを、取りあげられている色々な例で確信することができる。

現在のところ、スマート・シティのアーキテクチャは根源的に非民主主義的である。多くのテクノロジーが、個人のデータを収集し、民間所有の不透明なアルゴリズムを使うことで、人の人生を左右するような決定を行っている。その過程で、大きな情報と権力の非対称が生み出されているのだ。政府や企業の立場は、監視や分析の対象となった人びとよりも有利なものとなる。
(『スマート・イナフ・シティ』p.137 )

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July 23, 2023

「余計な悩み」がないことを「健康」としてとらえるのならば、病気を患(わずら)っていないことを健康としてとらえるのと同じ発想だ。

大事なことは、「健康」とは、単に病気がない事を指すのではなく、体のみならず、心が健やかであること、取り巻く環境に余計な悩みがないこと指すのがWHOの定義だそうです。
(北九州市長武内和久)

「取り巻く環境」が「(個人の)社会的状態」を指すとしても、理念的に考えれば(注1)、「取り巻く環境に余計な悩みがないこと」というのは、social well-beingの解釈(あるいは日本語訳)としては不正確だ。

「余計な悩み」がないことを「健康」(の一部)とする発想は、健康を病気の不存在としてとらえるのと同じであるし、「complete well-being」という理想とは、ずれている。本人が気づいていなければ、問題(あるいは社会的障害)は存在しないことになってしまいかねない。

悩むことが余計だというわけではないのだろうし、悩みすぎてはいけないということでもないのであろうが、なんとも不思議な表現だ。WHOの健康の定義のこの部分は、普通、「社会的に良好な状態」と訳されている。

最近は、「良好な状態」の部分は、「ウェルビーイング」とカタカナ言葉として使われることもあるようだ。「social well-being」は、「広い意味でよい社会である[太字は引用者]と同時に、家族や友人、職場の仲間などごく近しい人間関係においても良好である」と説明されている。

講演者によって語られたとされることについて、以上のように考えた。講演では、平均寿命や健康寿命、健康についてのWHOの定義などが紹介され、「健康が大事です」という趣旨のものだったようだ。もしかしたら、実質的には、1年以上更新されていない「北九州市民会議」の関連イベントのようなものなのかもしれない(注2)。市長によるツイートでは、4枚の写真のうち2枚に笑顔の市長が写っていて、北九州市民会議と同様に、武内和久氏個人が主宰する市民向けセミナーのように見える。

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以下はWHOによるhealthの定義。

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July 20, 2023

「ミライ」よりも都市の最適規模を考えよう。

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「気がついたらしゃれた町に」福岡・久山町が人口増を目指さない理由
— 西日本新聞

人口を増やすことだけしか考えていないどこかの市長に読ませたい記事。空飛ぶクルマや宇宙ビジネスなどで「ミライ」を描くよりも、都市の最適規模というテーマが重要だ。

 

次の図は、「北九州市立地適正化計画」(平成28年9月)よりの引用。

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「人口100万人の復活」というような目標よりも大事なことがある。「生活利便性」や「コンパクトさ」などだ。


下に引用したのは、武内和久候補の「未来構想図(第1弾)」である。第1弾と書いてあるが、第2弾はもう出てこないだろうと思う。たぶん。つまり、第1弾を展開させた形としては。2023年2月5日の選挙で当選して市長になった武内和久氏にとっては、「初心忘るべからず」というときの「初心」が表現されている未来イメージとして大事なもので、執務室の壁に貼ってあるらしい。政令指定都市の市長室がアミューズメント・パークの社長室のような雰囲気になっていませんか。

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(『北九州2050』―武内和久が皆さんと作る未来構想図(第1弾) 北九州市の未来構想図)

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July 19, 2023

Twitterで雑誌『世界』(岩波書店)のアカウント(web_sekai)が凍結された。

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『世界』は、全部の記事を読んでいるわけではないが、去年から毎号近所の本屋で買って読んでいる。今出ているのは8月号で、その前の7月号は、ChatGPTの特集であったと思う。『月刊hanada』などは、発行されると棚の前の低い位置に山積みにされるが、『世界』は、上の棚に、1冊だけ表紙を見せる展示方法で2冊か3冊置かれているだけである。私が買おうとしたときに1冊しか残っていないこともあった。その本屋は、私が住んでいる「校区」とは別の校区にある大型複合商業施設の2階にあり——自転車で15分の距離——、山積みの『月刊hanada』がどんな顔の老人たちにどれだけ買われていくのかといつも疑問に思っている。レジに持って行く人を見たことはない。

『世界』8月号

【特集:安倍政治の決算】
 安倍晋三元首相が亡くなってから1年が経つ。
 激しい批判にさらされながらも熱狂的な支持を獲得し、たびかさなる選挙でも勝利し、8年8カ月余という憲政史上最長となる政権を実現した安倍元首相の存在感は、今も大きい。安保法制や異次元の金融緩和をはじめとする安倍政権の政策思想は、岸田政権にも受け継がれ生き残っている。
 しかし、「安定政権」のもとで多くの課題も噴出した。歴史認識をめぐる対立や沖縄の基地問題は安倍政権時代にこそ激化し、縁故主義や政治と宗教をめぐる利権構造は肥大化した。
 また、少子化対策は次世代に積み残され、女性や性的マイノリティの権利をめぐるバックラッシュも起きている。
 在任3188日のあいだに社会の何が変わり、何が変わらなかったのか。長きにわたって日本の舵取りを行なってきた安倍政治を歴史的に位置づけ、重層的に見つめ直す。
(https://www.iwanami.co.jp/book/b630007.html)

下のtweetで凍結のことを知った。Twitter社の関係者(content moderators)は、『世界』という雑誌を読んだことがないのであろうか。『岩波文庫」も「岩波新書」も。そういう人物がどういう風にリクルートされ、どのような職場環境で仕事をしているのだろうか。それとも、もしかしたら、イーロン・マスクのTwitterの日本法人が、content moderationをすべてAIに任せてしまっていて、そのアルゴリズムが、政府を擁護する内容のものだけを正当とするものなのだろうか。ChatGPTの「回答」が社会的問題(例えば自転車用ヘルメットの着用)について頑固に関係当局の見解を押しつけてくることがあるので、ふとそう思った。アルゴリズムではなく、機械学習のトレーニング・データの問題と関係があるかもしれない。

現在も凍結されたまま。岩波書店のアカウントでの連絡。

以下のように「人間が介在すれば凍結されることはないはずだ」という予想が星暁雄氏によって述べられている。

「世界」のアカウント凍結について、ITジャーナリストの星暁雄氏は「伝統ある雑誌に対しておかしなことが起きた。偏った思想を持つ勢力がアカウント凍結を狙い、組織的に通報したとしても、人間が介在すれば凍結されることはないはずだ[太字は引用者]。機械的な処理の過程で見過ごされたのかもしれない」と推し量る。
特集「安倍政治の決算」が原因? 月刊誌「世界」Twitterアカウント凍結で憶測拡散:東京新聞 TOKYO Web )

凍結が解除されたようだが、何の説明もないようだ。

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July 13, 2023

五十嵐敬喜「マンションは生き延びられるか?」(『世界』8月号)を読んで

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五十嵐敬喜氏の「マンションは生き延びられるか?」(『世界』8月号)を読んだ。

五十嵐敬喜氏によれば、「『少子・高齢化』にともない大量に発生した所有者不明の土地、空き家などの解消」が新土地基本法の制定(2020年)を頂点にして政府によって取り組まれた後、残っているはるかに困難な課題が「マンション改革」であるという。「現在、マンションは全国に685万戸建築されており、おおよそ1500万人が居住している」のであるが、「コンクリート造りでいかにも堅牢に見えるマンションも、いずれ寿命がきて建替えが不可避となる」のだが、「このままではマンションは建替え不能で巨大産業廃棄物になる」と述べられている

正直言って、私は、民間のマンションに、「タワマン」も含めて、住みたいとは思わない。しかし、五十嵐氏の論文を読んで、日本のマンションが抱える問題について色々な興味深い事柄を知ることができた。五十嵐氏によれば、「生活という視点」から見ると、「生活とは無縁の無限大の『投資』行為を許容し、あるいは、そこで生活している人々(賃貸者等)の組合[管理組合のこと:引用者注]への加入を拒否し、その意見を無視できるマンション法」こそ「マンション危機の真の原因」であるという。

「コミュニティの欠如」による障害が、マンション内部の孤立状態とともに、災害時や日常生活でも生じる地域生活上の困難として取りあげられている。個人的には、「コミュニティ」というカタカナ言葉が出てくる文章には疑念を持つことが習慣化しているのだが、五十嵐氏は「身近な人との付き合いや助け合い、共同作業など」をコミュニティと表現している。そして、それを、マンションについては、マンション内部のそれとマンション外部の地域との関係として2つに分けている。

私が関心を持ったのは、「地方自治法が新たに設けた『地域自治区』(地方自治法202条の4、市町村の合併の特例に関する法律23条。2005年」についての紹介部分である。そこでは、マンションの自治会が「地域自治区」に加入することによって、コミュニティを充実させるだけでなく、『公的』な位置づけを得ることができる」と説明されている。マンション内部の活動等に地域住民が参加する道が開かれたり、マンションの老朽化や建替えについて地域住民の協力が得られるようになるということなどの効果が述べられている。

この部分を読んで、自分が住んでいる校区では、校区自治連合会にマンション自治会が複数加入していることを思い起こした。しかし、マンション自治会の関係者が、校区自治連合会とは別の、北九州市が設置を促進した「まちづくり協議会」の構成員として実際に活動しているかどうかは知らない。まちづくり協議会規約によれば、第4条「構成」の2番目に「町内自治会長」があるので総会等への参加資格は、マンション自治会の会長にはあるはずだ。

しかし、意外なことに、まちづくり協議会の総会は、「役員の過半数の出席で成立する」(第12条)となっているので、参加資格がないことになる。役員とは会長、副会長、事務局員、会計、会計監査と規定されている(第5条)。なお、「市民センターだより」(2023年6月1日付)によれば、新たに相談役のポストが設けられ前会長が就任したことが確認されるが、規約改正と役員選出が、「会員」ではなく「役員」の過半数の出席で成立する「総会」で議決されうる規定になっていることが不可解である(➔https://ab.cocolog-nifty.com/blog/2023/06/post-ee42b7.html)。

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(志井校区まちづくり協議会規約)

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(志井校区まちづくり協議会規約)


(市民センターだより)

「地域自治区」制度は、五十嵐氏によれば「学校区などを基礎単位として事務所を置く。その長として自治体職員が着任し、そのもとには『地域協議会』が置かれる」というもののようだ。自治体職員が地域自治区事務所の長となるというところが、北九州市の校区単位のまちづくり協議会と少し違うのかもしれない。

五十嵐氏は、この制度のプラス面とマイナス面とに言及し、「どちらに転ぶかは使い方次第であろう」と述べている。法律によれば、地域協議会の構成員は、「区域内に住所を有する者のうちから、市町村長が選任する」となっている。「報酬を支給しないこととすることができる」となっているので無報酬であろう。

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(地方自治法202条の4)

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