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| 方向 | 赤いベクトル | 青いベクトル | 特徴 |
| 右方向 | DPP, SAN, Murakami | Kndm, Ykhs | DPPのベクトルが非常に長く、これらの青いベクトルと強い正の相関があります。 |
| 左方向 | NKP | Kwsk, Itdn, Fkch | NKPとこれらのグループが水平に近く、左側に強く位置づけられています。 |
| 下方向 | JCP, SDP, RS, Shiki | Tgws | JCPが最も長く、この方向の青いベクトルとの結びつきが示唆されます。 |
| 右上方向 | LDP, CDP, JIP | Chkj, Bzns, Mykm, Kgmc | 複数の政党が密集しており、これらの青いベクトルと方向が一致しています。 |
| 左上方向 | Takeda | Otmc, Akmr, Sdmc, Kwrm | Otmcのベクトルが非常に長く、Takedaと同じ象限で強い関連性があります。 |
→ 衆院選2024年福岡11区の政党と候補者の対応分析
→ 政党と候補者との距離が、高いCOR値と結びついていたのが衆院選2024年福岡県11区の場合である。
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「CORの値は、対応分析グラフにおける政党と候補者の距離と強く相関します。グラフ上で所属政党から遠い位置にいる候補者ほど、政党の枠を超えて支持を集めていることを意味し、CORの値も高くなる傾向があります。」
https://ab.cocolog-nifty.com/blog/2025/12/post-01348e.html
ただし、これはどうやら必ずしも一般的なケースではなく、当選した候補者に「政党の枠を超えて支持を集める実力」があったというよりも、有権者の「戦略的投票行動」の結果とみるべきではないだろうか。また、政党と候補者の遠い距離については、可能性としては、党の比例代表票を候補者の得票が下回る形で政党と候補者の距離が乖離し、それと結びついてCA(候補者超過達成比率)が1以下になることもありうる。
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ブログを2003年末から書いている。すでに20年以上の時間が経過した。
書いてきたものは、推敲や修正をおこなって10年後の自分に読ませるつもりだ。
20年後のだれかにも読んでもらったり、「個人の見た世界の記録」として参照してもらえることも想定している。
気がかりなことは、20年後に人類の世界が存続しているかどうかだ。インターネットの世界だけでなく。
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左右の2つのグラフを比較すると、候補者と政党の間の距離を県全体での合計候補者超過達成比率との関係で把握する場合には、その距離は対応分析の第1軸と第2軸の2次元での距離を調べればよいということになる。また、政党との距離(独自性)が遠いほど、得票達成率(COR)が低くなる傾向があるので、 これは、「政党が持つ本来の集票基盤(地域パターン)に忠実に票を集めている候補者ほど、県全体の得票効率も高くなりやすい」という解釈が成り立つ。
Comparing the two graphs, when assessing the distance between candidates and parties in relation to the overall prefectural candidate surplus achievement ratio, one need only examine the distance in the two-dimensional space defined by the first and second axes of the correspondence analysis. Furthermore, since a greater distance from the party (greater distinctiveness) tends to correlate with a lower vote achievement rate (COR), this supports the interpretation that “candidates who faithfully gather votes within the party's inherent voter base (regional patterns) tend to achieve higher vote efficiency across the entire prefecture.”
Translated with DeepL.com (free version)
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多くの人が生成AIの活用について試行錯誤をやっている。 その中に私も含まれる。 自分で最初に記事を書いて、それについて「補強してください」とか「批評してください」とやると、自分が気づかなかった論点などが出てきて大いに参考になる。Rのスクリプトを作成するときにも役立つ。 他方、「推敲してください」とやると、自分ならこんな大げさな表現は使わないと思うときが多いし、文章が平坦になりすぎると思うこともある。
「補強された」文章案(Geminiによる)
生成AIの活用において、現在多くの人が試行錯誤を続けており、私もその一人である。AIを単なる効率化の道具ではなく、思考を深めるための「対話相手」として捉えることで、その真価が見えてくると感じている。
具体的には、自ら執筆した初稿に対して「論点の補強」や「多角的な批評」を求める手法だ。自分一人の視点ではどうしても生じてしまう死角や、論理の飛躍を指摘されることで、思考の解像度が格段に上がる。この恩恵は執筆活動のみならず、Rを用いたデータ解析のスクリプト作成においても同様だ。複雑なコードの論理チェックや、より簡潔な記述への気づきを与えてくれる頼もしい助手となる。
一方で、AIに「推敲」を委ねる際には特有の難しさがある。AIが提案する表現は、時として過度に装飾的(大げさ)であったり、逆に公約数的な「正しいが味気ない」文章に落ち着いてしまったりすることが多い。文章の背後にある書き手の体温や、独特の語り口までが「平坦化」されてしまうのだ。
AIによって視界を広げつつ、最終的な「文体」や「意思」の決定権は手放さない。このバランスをいかに保つかが、AI時代の表現における新たな作法といえるのではないだろうか。
「想定される批判」について質問したところ、いくつかの点が指摘され、次のような文を付加するようにという回答——的確だがこれもすこし表現が大げさ——が出てきた。
「もちろん、AIへの指示(プロンプト)を磨くことで、ある程度は個性を反映させることも可能だろう。しかし、言葉の選択は単なる技術ではなく、書き手の身体性や価値観と不可分である。AIが提示する『最適解』という名の平均値に抗い、自らの手で言葉を置き直す作業にこそ、人間の書き手としての責任が宿るのではないだろうか。」
以下は私が書いた文の英訳をDeepLがおこなったものであり、違和感はない。
Many people are experimenting with how to utilise generative AI. I am among them. When I first write an article myself and then ask for “reinforcement” or “critique”, it often brings up points I hadn't noticed, which proves extremely helpful. It's also useful when creating R scripts. On the other hand, when I ask for “revision”, I often find myself thinking, “I wouldn't use such exaggerated phrasing myself”, or that the writing becomes too flat.
Translated with DeepL.com (free version)
ここまで書いてきた記事をNotebookLMに読み込ませると、以下のような解説が出てきた。
このソースは、著者が生成AIを自らの執筆活動やプログラミングに導入し、その実用性と限界について考察したブログ記事です。著者は、AIを思考の死角を補う対話相手やコード作成の助手として高く評価する一方で、文章の推敲における表現の誇張や平坦化に懸念を示しています。記事内ではAIによるリライト案や批判的視点も提示されており、技術的な利便性と個人の文体の保持をいかに両立させるかが論じられています。最終的に著者は、AIの提案を鵜呑みにせず、書き手としての主体性を持って言葉を選ぶ重要性を強調しています。
そして、音声解説。
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データは、行が「地域(市区町村)」、列が「政党」および「候補者」という構造になっている。
この構造で対応分析を行う場合、以下のように考えることができる。
このデータ構成では、政党と候補者の間の距離を測ることは非常に有効かつ妥当である。
理由: 政党も候補者も、同じ「地域ごとの得票分布」という尺度(列プロファイル)の上にプロットされるから。
意味: グラフ上で政党Aと候補者aが近い場合、それは「候補者aと政党Aの得票パターンの地理的分布が酷似している」ことを意味する。つまり、その候補者がどの地域で強く、どの地域で弱いかという傾向が、特定の政党の勢力図と一致していることを示す。
データを分析するなら、以下のような極めて興味深い「近接性」が見られる。
MOR と 日本保守党: 距離が極めて近く、得票の地域的な広がりがほぼ完全に一致している。
SHM と 公明党: 非常に近い位置にあり、公明党の支持基盤とSHMの集票基盤が重なっていることがわかる。
TMN や NKD と 参政党: これらも互いに近く、地域的な親和性が高いことが読み取れる。
NOD や MTS と 自由民主党: これらは自民党の地理的分布に近いパターンを示している。
このように、距離が近いほど「その候補者はその政党の地盤でしっかりと票を得ている」あるいは「その候補者の支持層と政党の支持層が地域的に一致している」と解釈できる。
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「個人的自由権の保障を将来、放棄してもよいという誤った見解は、初期社会主義者たちが、社会的労働が包括的な統合作用を持つという問い返されることのなかった信念のために支払わねばならなかった代償なのである。」
「連帯的共同体の思想がもっぱら経済的活動の領野に制限されているだけでなく、この領野から、急速に複雑化した社会を組織し再生産できるかどうか吟味されなかった。」
「要求される革命がある程度の必然性をもって近い将来生じるとされたので、現在においても漸次的に何かを変えようとする試みはどんな認識上の利益も政治的な利益もない、とされるほかなかった。」
「第2次大戦後、就業関係が西側資本主義国において再び急速に変わり始め、ホワイトカラーがますます労働市場を席巻し、まもなくポスト産業社会という言い回しが人口に膾炙したとき、かつて確かだと信じられていた社会主義と階級との結びつきは最終的に終わった。」
「創始者ら——ここではとりわけサン=シモンとマルクス——は、社会主義的プロジェクトに歴史形而上学的な要求を上乗せしていた。それは、将来において、自分たちの試みを資本主義社会の変革可能性を実験的に確かめることとして理解することをほとんど難しくした。
— アクセル・ホネット『社会主義の理念:現代化の試み』(日暮雅夫・三崎和志訳、法政大学出版会、2021年)
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